ビートを根城にロックンロール・ウィルスが踊りだす。



1982年の夏の日、 僕はまだ、高校生だった。

純情な従順青年を演じつつも、心の奥底では黒板に背を向け、漠然と疑問符を抱えて教室の隅でうたた寝の毎日。

何かしらの目的も願望らしきもなく、いわば無情に苛立ちの季節をバタバタと、

藻掻くような体勢を立て直すことも出来ぬまま、ひたすらにただ滑稽に泳いでいた。

夕暮れの田舎町、ボロボロのシューズで自転車を漕いでバイトに明け暮れる未熟な青春期。

口べたな僕にしてみれば 「小さな色褪せた安物のラジヲ」と「冒険小説」だけが唯一の心を開ける親しき友でもあった。

そして、彼らの音と遭遇したのは,そんな蒸し暑き夏のオレンジな夕暮れの頃。

その時のことは、若干、健忘気味な現在でも鮮明に脳裏に焼き付いています。

今にも前頭葉が爆発して砕け散りそうになった夏の陽の衝撃。

これでもかと目一杯にラジヲの音量をフルアップする。

文学気取りな俄パンク少年の心の針はブーンと振り切れてしまっていた。

僕は今にもレッドゾーンで立ちくらみ状態。


そう、あの時から、いつだって、彼らがそこにいた。

「日本に於ける産業音楽の世界の中で彼らは異端でもあったが,同時に救世主でもあった希有な存在」とは、

その後、出会った理屈好きなで議論趣味な色々な人から何度も聞かされた事がある。

が、正直、僕にとっては,そんなことはハッキリ言って、どうでもいい話でもある。

商業としての音楽に対し無駄に肩肘を張るでもなく、背を向けるでもなく、

されど、不用心に為すがままにそんな現状を受け入れるでもなく、

いつだって、彼らが見事なまでに音を今日まで繋いでこれたのは、至って単純なことなのだろうと思う。


「何よりも音楽が好きだから」

音楽屋であればこそ、それで十分なのだ。


そして、あれから幾度となく歳月が過ぎ・・・

情報の大波小波に翻弄されつつ、連日の重労働で、忙しく疲労困憊な2009年。

窓の外の樹木にしがみついたセミ達が鳴き始めた初夏の遅めな朝。

いやはや、仰天の朗報が届いた。

再び、二人が腕を組み,足を慣らし、肩をぶつけ合い始めたのだ。


彼ら、今、まさに謀反な音民の誘発者になりたし。

未完成な時代に焦りは禁物だ。



混沌とした21世紀、最新型のロックンロール・ウィルスが踊り出す。

制御不可能なビートが捻れた空に加速していく。


いつだって、彼らは此所にいたんだ。

快音の世を謳歌しよう。

不完全な日常のロックンロール遊楽民達よ!



by Katsuhiko Wada(音楽ライター)2010/12/21(TUE)